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「端午の節句」は5月5日にあたり、「菖蒲〔しょうぶ〕の節句」とも言われ ます。強い香気で厄を祓う菖蒲やよもぎを軒(のき)につるし、また菖蒲湯に 入ることで無病息災を願いました。

また、「菖蒲」を「尚武〔しょうぶ〕」という言葉にかけて、勇ましい飾りをして
男の子の誕生と成長を祝う「尚武の節句」でもあります。

時代が武家社会に移るにつれ、これまでの風習が廃れ、代わりに「菖蒲」と「尚武」
をかけた尚武(武士を尊ぶ)の節句へと移っていきます。
この流れを受け、江戸時代には徳川幕府の重要な式日が5月5日と定められ、大名や旗本が
式服で江戸城に参り、将軍にお祝いを奉じるようになりました。また、将軍に男の子が
生まれると、玄関前に馬印〔うましるし〕や幟〔のぼり〕を立てて祝いました。
こうして時代と共に男の子の誕生と成長を祝うお祭りへとなっていきました。

また、古来より馬は縁起がよい動物といわれており、中でも馬の字を反転させた
「左馬(ひだりうま)」は招福のシンボルとされています。

その由来は、馬には右から乗ると転ぶという習性があるため、必ず左側から乗るこ
とからきており。「左馬は倒れない」として、人生を大過なく過ごせるという意味が
込められているのです。
また左馬の文字の下の部分が巾着の形に似ていることから金運のお守りにも使われたり、
普通は人が馬をひいていくところを、逆に馬が人をひいてくる(=招き入れる)という
ことから商売繁盛に繋がるとされています。

午年の平成26年5月に古都で行われる馬にまつわる伝統行事をピックアップしてみました。
午年限定のお守りなどもありますので、お忘れなく。

1) 流鏑馬(下鴨神社)

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流鏑馬は,騎手が馬を走らせながら鏑矢を射るもので,平安時代より公家,武家の間でおこなわれ,鎌倉時代に最も盛んになり様々な流儀や作法が生まれたといわれています。下鴨神社に伝わる流鏑馬は貞観15年(873)に行われた走馬,騎射を起源とするといわれ,
昭和48年に復活されました。

衣冠巻纓(いかんけんえい)に行騰(むかばき)姿,背に箙(えびら)を負い,鏑矢(かぶらや)を差した射手が的を次々に射ながら馬場を疾走します。

2) 競(くらべ)馬(上賀茂神社)

寛治7年(1093)に宮中武徳殿の式を上賀茂に移し,奉納されたことに由来すると伝えられています。

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馬を走らせ競うだけでなく,乗馬の流儀,菖蒲(しょうぶ)の根合わせの儀式や装束などに古い形態がみられます。“乗尻(のりじり)”と呼ばれる騎手が,左右に分かれ,馬場を2頭づつが競い合うもので,この競馬の勝負は、その年の豊凶を占うものともいわれています。5月1日には,馬の毛並みや遅速などを調べ、競馬の番立を決める足汰(あしぞろえ)式が行われ、その様子は吉田兼好の随筆『徒然草』にもこんなふうに記されております。

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「徒然草」41段から。

五月五日、賀茂(かも)の競べ馬(くらべうま)を見侍りしに、車の前に雑人(ぞうにん)立ち隔てて見えざりしかば、おのおの下りて、埒(らち)のきはに寄りたれど、殊に人多く立ち込みて、分け入りぬべきやうもなし。

かかる折に、向ひなる楝(あうち)の木に、法師の、登りて、木の股についゐて、物見るあり。取りつきながら、いたう睡りて(ねぶりて)、落ちぬべき時に目を醒ます事、度々なり。これを見る人、あざけりあさみて、「世のしれ者かな。かく危き枝の上にて、安き心ありて睡るらんよ」と言ふに、我が心にふと思ひしままに「我等が生死の到来、ただ今にもやあらん。それを忘れて、物見て日を暮す、愚かなる事はなほまさりたるものを」と言ひたれば、前なる人ども、「まことにさにこそ候ひけれ。尤も愚かに候ふ」と言ひて、皆、後を見返りて「ここへ入らせ給え」とて、所を去りて、呼び入れ侍りにき。

かほどの理(ことわり)、誰かは思ひよらざらんなれども、折からの、思ひかけぬ心地して、胸に当りけるにや。人、木石にあらねば、時にとりて、物に感ずる事なきにあらず。

これを現代の日本語に訳すとこうなります。

5月5日に、上賀茂神社の競べ馬を見に行ったが、牛車の前に大衆が立ちはだかって見えなかったので、それぞれ車を降りて柵の側まで寄って見たのだが、人が余りに多くてそれ以上前へ行けそうにもない。

そんな状況の中で、向かいの栴檀(せんだん)の木の上に登った法師が、木の枝に座って特等席で見物している。法師はその木の枝に取り付きながら、たいそう眠たい様子で居眠りをしているのだが、『あっ、落ちそうだ』という瞬間に目を覚ましてしがみつくことを、何度も繰り返している。人々は法師のそんな様子をあざけり笑って見ていた。『バカな坊さんだな。あんな危ない木の枝の上で、安らかに熟睡できるなんて』などと言っている。

しかし、自分の気持ちの赴くままに、『私たちの生死の境目も、まさに今起こるのかもしれない(私たちも、今日死ぬことになる可能性がある)。その事を忘れて、祭り見物で一日をつぶしている。愚かなのは我らとて同じようなものだ』と言ってみると、前にいる人たちが『まことにおっしゃる通りですね。私たちも愚かなものですな』と答えてきた。みんなが自分のいる後ろを振り返り『ここに入りなさい』と少しばかり場所を空けてくれて、競べ馬が見やすい前列へと招いてくれた。

このくらいの理屈は誰でも思いつくものだろうが、こういった状況で不意に言われると、
思いがけない気持ちがして心を打たれたのだろう。人間は、非情な木石ではないので、時機・関係に応じて、いたく物事に感動することがあるのである。

…今の世の中にも通じる、なかなか味わい深いエッセイですね。

20131106magazine_wanabiVol05profile

Audrey佐藤

幼少時より日本文化に触れ小学生で源氏物語を読破、高校生までは競技かるた(百人一首)の名手、大学からは茶道研究会で和の感性を磨く。
卒業後は多国籍企業の幹部候補生としてキャリアを重ね、米国留学時はNPO (非営利団体)運営専攻の経営管理手法を学び、ビジネスと芸術を融合させる 辣腕コンサルタントとして国内外に幅広くネットワークを構築。

2010年より特定非営利活動法人和塾
(http://www.wajuku.jp/)世話人、
2013年より日本文化デザインフォーラム
(JIDF http://jidf.net/about/)準会員。

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