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今週のB!Storyはモデル・女優を経て、ミス・ユニバース・ジャパンのファイナリストとしての経歴を持つ、美人フォトグラファー!日本全国を駆け巡り、時には海外へ飛び、セレブや有名アーティストを撮影しているという大島央照(Chiaki Oshima)さん。170㎝を超える長身に恵まれ、女優やモデルを目指す時期があったという大島さんがなぜフォトグラファーの道を選んだのか?世界で活躍するまでに至るストーリーをインタビューさせて頂きました。

フォトグラファーを目指そうと思ったきっかけはありますか?
大島 過去を遡ると、父の影響が強かったと思います。私が小学生の頃、よく父親が絵を描いてくれたり写真を撮ってくれていたんです。だから幼い頃から絵を描くこと、写真を撮ることが日常にあって。撮った写真を友人にあげると喜んでもらえる事が嬉しかったですね。それがきっかけで「写真っていいな」と思い始めたのが原点でした。
小さい頃から既に自分の将来を決めていたということですか!?
大島 実はフォトグラファーを目指そうと思ったことは一度もなくて。 好きなことを純粋にやりたいという気持ちの方が強かったです。
大学受験は高校時代に描いていた油絵やそれまでに撮影していた写真を自分自身の写真集にして自己推薦で受けました。ビジュアルデザインコースのある京都の芸術短期大学へ通っていました。
学生時代からすでにフォトグラファー街道まっしぐらですね!でも大島さんはモデルとしても活動されていましたよね・・・?
大島背が高いことが小さい頃からのコンプレックスで、それを生かすことのできるモデルへの憧れは高校生の時からありました。芸術大学へ通っていた頃、モデルという仕事に興味を持ち始めたことがきっかけで。というのも、昔から憧れている写真家で伊島薫さんという方がいまして。当時発行されていた雑誌「Zyappu」の編集長で、カッコイイ写真を撮る方なのですが、この人に撮られたい!と思いモデルを目指して東京に上京しました。伊島薫さんになんとかして会えないかと調べたところ、東京にある「パレットクラブスクール」という第一線で活躍されているプロフェショナルの方が先生のスクールを見つけて!その学校に伊島薫さんが主任の写真家コースがあることを知って通いました。他の生徒さんはカメラマンになりたくて来られているのに私は伊島薫さんに撮られたい!という事が目的で学校に通っていたんです。卒業課題では同じ大学に通っていたお友達で女性現代アーティストのドキュメンタリー写真を約1年かけて撮り続けていたり…。学生時代はとにかく誰にも撮れないようなシーンを撮ろうという意欲と、今、目の前にあるモノを撮るという好奇心と、いろいろなモノが渦巻いていたと思います。でもそれが私の写真の原点になりました。
写真とモデル、平行して仕事をこなすのは大変だったのでは…?
大島 二十歳の頃からモデルの仕事と写真を平行していましたので確かに大変で した。当時入っていた事務所の社長さんから坂上忍さんのワークショップを薦めて頂き、「やってみよう!」というチャレンジ精神でお芝居も始めて。とても厳しくて正直しんどいと思ったこともありましたが面白かったですね。ロードムービーの主演をさせて頂いたことは今でもよく覚えています。坂上さんからも「女優に向いてる」と嬉しい言葉も頂いて…。週末は芝居の稽古、その傍らでモデルとカメラマンの仕事。とりわけカメラマンの仕事がどんどん増えてきて。寝る時間もなく、ハードな生活を送っていました。
女優以外にもモデル、フォトグラファーとそれぞれの世界で仕事にしていくというのは難しいことですよね。
大島 モデルとして活動していくという点においては、パリコレモデルというのが ずっと目標としてありました。招待状がないと入れないパリコレに、私は自分のコンポジを持って、パリコレを見せてほしいと訴えて。もちろん中に入れてもらえず、雨の中ずっと外で待っていたら担当の人が来てくれて…!なんと会場に入れてくれる!という出来事もありました。そのモチベーションで帰国をして、街中を歩いている中で声をかけて下さったのがミス・ユニバース・ジャパンの主催者であり、多くの日本女性をコーチしたイネス・リグロン。彼女との出会いでミス・ユニバース・ジャパンに挑戦しようと決意しました。ミス・ユニバースを通じてなら、モデルとしてだけではなく、人として見られることの面白さや社会貢献、そして何より、写真を通じて日本の良さを世界の人達に発信できると思ったことが参加しようと思った最大の動機になりました。
ミス・ユニバース・ジャパンではファイナリストとして活躍されていましたよね。フォトグラファーとしてのお仕事も増えたのでは?
大島 どんどんやりたいことが形になっていくことが楽しかったし、私のことを面白いと思ってもらえる人に出会えたことはとても大きな成長に繋がったと思います。ただ、いいことばかりではなくて、やり始めの頃は現場によっては失敗してしまったこともあるんです。例えば、海外アーティストの撮影オファーを頂いて海外へ行った時のこと。アーティストを撮影できる時間が40分なのに、撮影ができない状況が続き、前の撮影が押して、残り5分で撮影するという修羅場に!!5分で撮影しなければいけないという想定をしていなかったことをはじめ、自分の力不足や段取り不足を実感することができました。
すさまじい現場を体験されているんですね!失敗とはいえ、日本から海外へ活躍の場を自然に広げていく行動力がまたスゴイ!!
大島 確かに新しい出会いも増えました。カナダのトロントに撮影に行った時、INROCK(@inrock)という出版社の社長と出会い、私の写真に興味を持ってくださって。頂いた初仕事がなんとMOVIE STAR誌という映画雑誌でオーランド・ブルームの撮影を担当するという大役!緊張はしましたが、カメラを手にすると不思議と気持ちが切り替わっていくんです。海外ビッグスターの撮影は予想外の事態に陥ることも多々あるので、事前準備を念入りにしておくようになりましたし、勉強になっています。今、その人が感じて生きている、その本質を、その瞬間を写真にしたい…。それが今の信条です。
女優・モデル・フォトグラファー。バランスよく両立していく中で本格的にフォトグラファーの道へ歩んだのはいつ頃でしたか?
大島 2002年にはミス・ユニバースのファイナリスト、2013年まではお芝居を続けていました。実は昔、1本だけ映画監督・撮影していたこともありまして。編集途中で止まったままの作品を、生きているうちに仕上げたいと思ったことがあるんです。ずっと心の中で思っていて。それを行動するタイミングが2013年の夏、お芝居に一区切りつけた頃。それがきっかけで、映像の話しも舞い込んでくるようになり、撮る側のみに徹しようと新たに覚悟を決めてフォトグラファーの道に進みました。

スラッとした長身でカメラを構える姿はとってもクールでカッコイイのに、しゃべってみると、フレンドリーでとっても丁寧な大島央照さん。前編ではフォトグラファーになろうと思ったきっかけや女優、モデルとして歩むストーリーを語ってくれましたが、後編では現在の仕事や写真を上手に撮る方法など、Bimajin読者がすぐに取り入れられそうな情報が満載♪来週もどうぞお楽しみに!

取材インタビュー:izumi
協力:TAKAMI BRIDAL(http://www.takami-bridal.co.jp
大島央照ホームページ http://chiakioshima.com/
#PASSPORT BOOK vol.1 IN CUBA(http://passport-book.com


Writer: Izumi

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