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「ギフト」、「GTO」、「おそるべしっっ!!!音無可憐さん」など90年代を代表するトレンディドラマに出演、女優・歌手として多彩な才能を発揮し、日本の芸能界第一線で活躍されていたKirari(希良梨)さん。一時は休業し、活動拠点を台湾に移したその波瀾万丈な人生とは?女優になろうと思ったきっかけ、台湾に行こうと思った理由など、これまでの出来事を改めて振り返りながら希良梨さんにお話を聞かせて頂きました。
幼い頃から芸能界で活躍をされていますが、女優になろうと思ったきっかけは?
Kirari 小学4年生の時に祖母の知人からドラマ出演の話を偶然頂いたことがきっかけです。第10回芸術作品賞を受賞した「二人の母」という金曜エンターテインメントドラマだったのですが、「生みの親」と「育ての親」ふたりの母親が子供を奪い合うというストーリーでして。主演である池上季実子さんと倍賞美津子さんの娘役が初めて頂いた役でした。何もわからず地方ロケに参加したものの、監督もスタッフも一流の方が勢ぞろいしていて!撮影現場ではひたすら演技を指導して頂きました。その中でも特に印象的だったのが「泣きのシーン」。人生初の「泣く」という演技を実演しなくてはならなくて・・・。その時、咄嗟に閃いた「自分の母親が死んだらどうしよう!?」と想像しながら泣いたのを覚えています。(笑)
「ギフト」や「GTO」など人気ドラマに出演されていましたし、映画やCM、ラジオなど様々なメディアで活躍されていましたよね。
Kirari その頃はまだ若かったこともありましたので、自分の意思というよりも周りの力や環境のお陰で芸能活動ができたんだなと思います。当時は学業もありましたのでそこまで大きな活動をしていなかったのですが、私にとって大きな出会いがあったのもこの時期でした。人づてに紹介して頂いたマネージャーの志と私が「やりたい!」と思っていたことが見事に一致!人と人との繋がりを感じた瞬間でした。有難いご縁があったからこそ、本格的に芸能界で活動ができる土台が出来上がりましたし、まだまだ子供だった私を可愛がってくれたことは本当に感謝しています。
10代の希良梨さんがやりたかったこととは?具体的に教えてもらってもいいですか?
Kirari 昔の私はクールでボーイッシュなイメージが強かったので不良娘やちょっとツンとしたカッコつけな役柄など個性的なキャラクターを演じることが多く、私自身もそういう役をやりたい!と思いながら演技をしていました。今振り返ると10代だったからこそ心を無にして怖がらず、不安にならず、「今、自分ができることを精一杯やろう!」と後ろを見ずに前に向かって進んで、どんなことにでも挑戦できたのかなと。時を重ねて今まで知らなかったことを知るようになると「怖い」と感じることももちろんありましたが、それでもやっぱり常に挑戦していきたい!と思いながら仕事をしていましたね。
ドラマ「GTO」で大ブレイクして以来、日本での芸能活動も忙しかったと思いますが、台湾に行こうと決めた理由は?
Kirari ちょう女優業と並行して歌手活動を始めた時期のこと。周りの人達が一生懸命動いてくれたお陰で大好きな歌を歌わせてもらうことができましたし、信頼できる仲間がいたからこそ素の自分を出して歌を歌うことができるという環境の中で仕事ができて・・・。毎日が充実していました。そんな歌手活動をしていた時に出会ったのがNY在住のメイクアップアーティスト。その人の生き方に影響を受けて海外に行きたい!と強く思ったんですね。周りの反対を押し切って、新しい価値観を求めに、自分の居場所を探すために、一大決心をして海外に飛び出しました。
それは大きな決断でしたね!その後はどうされたのでしょうか?
Kirari アメリカやオーストラリア、タイ、サイパンなど様々な国を巡る中で、プーケットに在住していた時期があったのですが、その時にお世話になっていた人が「台湾に来てみない?」と声を掛けてくださって。私もなにか縁を感じて引き寄せられたんでしょうね、台湾という国に実際に訪れてみたら自分が求めていたものがそこにあったんです。人と人との距離がとても近くて、家族を大切にする台湾の文化は私の心に自然にフィットして。土地との出逢い、人との出逢いを通して、「人」の温かさや優しさに触れていくうちにずっとココに住んでいたいと思うようになりました。学校に通って、友人ができて、仕事をして、主人に出会って、結婚をして、出産をして・・・。台湾に来て本当によかったと思います。
希良梨さんは国際結婚されているんですよね!ご主人との出逢いは・・・?
Kirari 主人は芸能関係の仕事を通じて出会いました。目と目が合って、お互い一目惚れ(笑)まるで昔のトレンディドラマですよね。お互い自然と引き寄せられて3年ほどお付き合いして結婚しました。私の性格はわりとハッキリしている方なのですが、台湾の人も口調は優しいもののハッキリと自己主張をするんです。だからこそ、自分が自分らしく振る舞えるし、すごく自然体でいられるのが心地良いなと感じます。周りを気にせず、自分のやりたいことを自由に表現することができるって素敵なことですよね。結婚してから息子も生まれて本当に幸せです。母国を離れて異国の地での生活に日本が恋しくなる時もありましたが、愛する人がいるからこそ頑張れるし、台湾の人達の温かさには本当に助けられたと思います。台湾ってすごく神秘的な場所でふと空を見上げたくなるんですよ。青空をぼーっと眺めているとなんだか生きている実感が沸いてくる。(笑)台湾にはもう心の底から惚れ込んでいますね!全く飽きません!
海外で結婚・出産をされていますが、日本にいた頃と比べて価値観や心境の変化はありましたか?
Kirari そうでうすね、かなり変化がありました。ありのままの自分でいられる、そのことを身をもって学ばせてもらったことは自分にとって大きな変化だったと思います。でも大変だったことももちろんありましたよ!台湾と日本、それぞれの「当たり前」が違うからこそどうしても衝突してしまうこともありました。因みに台湾は共働きの家庭が多いので男性も料理や洗濯など家事全般をやるのが当然。自分のことは自分でやる、というスタンスを家庭の中で親がしっかり教育していくんです。こういう部分は日本とは違うなあと感じますね。あとは語学には苦労しましたね。北京語の「あいうえお」から学んだり、携帯メールを使って一生懸命テキストを作って送ってみたり・・・。その頃の勉強ノートを開くとびっしりと書かれていて「あ、私こんなに勉強していたんだ」と今更ながらに驚きます。
見知らぬ土地でのコミュニケーションを取るためには言葉は必須ですよね・・・!食べ物や住み心地などはどうでしたか?
Kirari 食べ物は全然平気でした。台湾料理大好きです♪今では台湾の実家で食べていた簡単な料理を日本で作って主人や子供に食べさせていますよ。無添加野菜や漢方を沢山使うのでとっても健康的。台湾に住んでいた頃は、美味しい食材が安く手に入るのでお料理をするのが楽しかったですね。タクシーも安いし東京とはまた違う便利さがあるなと思います。あとは何度も言ってしまいますが「人」が本当に優しい!乳母車を持っている人がいれば、一緒に降りて手伝ってくれますし、小さい子供と電車に乗っていると必ず誰かが席を譲ってくれるところはとても見習いたいですね。純粋な親切心に癒されます。

魅力溢れる希良梨さんの台湾ストーリーいかがでしたでしょうか。 台湾には古くから伝わる”ことわざ”の一つに「人」「土地」「時」これらが重なった時に全てが上手くいく、、、という意味を成す言葉があるそうです。希良梨さんもお気に入りというこのワードが示すように、物事が上手く進む時というのは3つの内のどれが欠けても駄目。どんなチャンスが舞い込んできても上手くキャッチできるよう、日々生きる中で「人」「土地」「時」を意識していきたいものですね!後編では6月より配信がスタートした新曲について語ってもらいましたのでコチラもお楽しみに♪

Information
「七色のヒカリ -Colors of the Human Race-」好評配信中☆
Youtube:https://youtu.be/D4LsZkV6qYU
Kirari(希良梨)
Facebok:https://www.facebook.com/kirariddim
Blog:http://ameblo.jp/aksgod23
Office303:http://www.office303.jp

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Writer: Izumi

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