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340年前にスコットランドで生まれた民謡「広い河の岸辺(The Water Is Wide)」が今、全国の中高年の間で異例の大ヒット!NHK連続テレビ小説「花子とアン」や「マッサン」の中でも歌われているということで幅広い世代が興味を持ち始めたこの曲をご存知でしょうか。生きていれば辛いことや苦しいことが必ずある、たとえ絶望の中にいても、希望を見つけて生きていこう・・・。お世辞にもけっして前向きな歌とは言えません。それにも関わらず、どこか優しく、愛情深く包み込んでくれる不思議な歌の魅力が今、国境を越えた「希望の歌」として親しまれています。
今回bimajinでは、この「広い河の岸辺(The Water Is Wide)」を限りなく原詩に近い形で訳した日本語バージョンを歌う人気シャンソン歌手・クミコさんにインタビューをお願いすることに! 2011年3月11日に起きた東日本大震災の復興支援コンサートをはじめ、各メディアやイベントで精力的に支援活動をされているクミコさん。なぜ、今日本人の心を捕えているのか。歌詞に込められた希望のメッセージとこの歌にかける「思い」をお聞きしました。

一度聴いたら忘れない!心を揺さぶる奇跡の歌

NHKの人気朝ドラ「花子とアン」「マッサン」で使われたことでも注目されているスコットランド民謡「広い河の岸辺(The Water Is Wide)」。クミコさんが歌う日本語版がオリコン演歌・歌謡部門1位を獲得し、Yahooトップニュースになるなど大きな話題となっていますね。
クミコ ありがとうございます。実は、歌がリリースされるまでは、この曲がどういった形で世の中に広まるのか正直わかりませんでした。私自身は「広い河の岸辺」という歌を初めて耳にした時、心から素晴らしい歌だ!と思い、歌い始めました。けれども自分がいいなと思う歌は案外世の中には受け入れてもらえないことが多いのもまた現実。だからこそ、どのようにして伝わるのか不安はありました。中高年の方をはじめ、沢山の方に共感して頂けることはとても嬉しいことです。
絶望のふちに立ちながらも、前を向いて歩いていこうという希望が込められた歌として多くの人を感動させていますが、初めて曲を聞いた時の気持ちは?
クミコ この世界を生きていくことはとても大変なこと。歌っている時はまるで自分自身のことを歌っているような気持ちになります。3番の歌詞に「沈み方も、泳ぎ方も、知らない」という絶望が描かれている部分があるのですが、とても奥が深く、私が歩んできた人生にも重なるなと感じます。そしてそこから続く4番の希望を持っていこうという歌詞に優しく背中を押されたような感覚になります。この歌はけっしてポジティブではありませんが「そんなに強くなくてもいいよ」「一緒に寄り添いながら、希望の船で渡っていこうよ」という優しさが伝わってくるんです。静かに励まされる感覚がじんわりと人の心に響いていくんだなと思いますね。

世界が平和であるために、今私たちに必要なこと

世界中に衝撃を与えた東日本大震災からまもなく4年。苦しむ日本に対して大きな支援をしてくれた台湾は、現在も日本のカルチャーに大変興味・関心を持ち、両者良好な関係を築いてきました。希望の歌として日本で大ブームを巻き起こした「広い河の岸辺」は台湾メディアでも今注目を集めていますが、こういった海外からのメディア取材がきているという現象についてどう感じられますか。
クミコ  大震災直後は日本をはじめ世界国中が被災地に対して関心を持っていましたが、3年4年と経つ中で支援をずっと続けていくことは本当に大変。この悲惨なできごとを忘れないように、被災地のことを思い、後の世代にも継続的に伝えることは私達にとって重要なことです。日本に限らず、どの国でも大変なことというのは沢山存在していて、いつ自分達の身に降り掛かるのか予想もつきません。日本は震災で多くの人が辛い思いをしましたが、世界では戦争や貧困など様々な理由で苦しんでいる人達が必ずいます。シンプルですが、人の痛みを分かり合おうとする心を持つことが平和を意味するのではないでしょうか。人は皆、誰もが痛みを抱えているんだということ、そしてわかりあえるんだ、ということを「広い河の岸辺」が伝えてくれると私は思います。国籍は違っていても、お互いが関心を持つこと、「心の交流」が今の世の中に1番必要ですよね。誰かを励まし、寄り添っていく歌が今、日本を励ましています。それが他の国にも伝わったらステキだなと思います。
日本に大きな衝撃を与えた東日本大震災。この復興支援にはクミコさんも積極的に活動されているそうですね。
クミコ 震災時、被災地の壮絶な状況を改めて思い知らされました。私は石巻に行ったのですが、モノが何も無い状態からの復興は河の広さのように大変なこと。そんな環境の中で頑張る人達に勇気を与えられるような歌があるといいなと思い自分でも探していたんです。けれども、なかなか良い歌が見つからなくて・・・。「広い河の岸辺」がまさにその歌だと直感で感じて、とにかく広めたいと思いました。
宮城県仙台で開催された震災からの復興を願うチャリティコンサートにて、八木さん、そして600名の合唱団の方と共に5000人の前で「広い河の岸辺」を唄われていましたがいかがでしたか?
クミコ このチャリティコンサート、伴奏はピアノ一本のみ。あとは600人の声で歌うものでした。人間の声の力にゾクゾクするような感動と衝撃を受け、リハーサルでは思わず涙してしまいました。コンサート当日は震災で家族を亡くされた人達が沢山集まり、涙を流しながら聞いてくれたことが印象的で。人は無力だけれども、自分の足で一歩踏み出さなくてはならない、ということを肌で感じた瞬間でした。苦しみや悲しみを知るからこそ心の奥底にまで響く歌ですよね。

ここからは「広い河の岸辺」を日本語に訳された八木倫明さん(やぎりん)が登場!クミコさんとやぎりんさんの出会い、それぞれの第一印象についてお話して頂きました。

「広い河の岸辺(The Water Is Wide)」との出会いについて教えてください。また、どうしてこの歌を訳そうと感じたのでしょうか
八木 まず、1997年に出会ったのが最初です。ドキュメンタリー映画「地球交響曲」に「The Water Is Wide」の歌が出てくるのですが、初めて聞いた時は良い歌だなという印象だけでした。その後、自分のユニットでCDを作ろうと考え、じゃあ日本でまだ誰も歌っていない歌を歌おうと。その時に「地球交響曲」で流れていた歌を思い出し、ネットで検索をして探し当てたのがこの歌との2度目の出会いでした。
この時の僕は、苦しい生活が続き、生きる自信を失いかけていた時期。歌詞の内容と自分自身の置かれていた状況がピッタリで、まさに僕の歌だ!と思いましたね。まだ誰も日本で歌っていないし、これを訳したらきっと一生歌える歌になるに違いないと思い、2010年元日に翻訳しました。340年前のスコットランドの民謡でしたが、調べてみると当時1万件以上の動画がネット上に存在していて、ものすごい歌なんだということを実感しましたよ。今では700万種類に達しています。歌詞も原詩に沿って忠実に訳すようにして。これはきっと日本でも受け入れられるとその時に確信をしました。
なぜクミコさんに歌ってもらおうと思ったのでしょうか。
八木 この歌の歌詞を心からわかってくれる人をまずは探しました。とてもシンプルだけど奥が深い、それを表現できる人に歌って頂きたくて。僕はクラシックについては詳しいけれど、歌謡界は殆ど知らなかったので、すぐに歌ってくださる方がすぐに見つかるというわけではありませんでした。そんなある日、大学OB会の交友雑誌に掲載されていたクミコさんのロングインタビューに目が留まったんです。何気なく読んでいたのですが、歌詞に共感したものを歌いたい、という言葉を見た瞬間「この人だ!」と直感で思い、そのまま勢いで手紙を書きました。手紙は自筆で自分自身が書かないと僕の心が伝わらないと思い、ありったけの思いを込めてクミコさんに送ったのが事の始まりです。
八木倫明さんの直感がご縁を引き寄せたようですが、八木さんとの出会いはどのような印象を受けましたか。
クミコ 八木さんがおっしゃっていたように、出会いは一通の手紙からでした。事務所に突然送られてきた手紙を拝見した時に「やられた!」と思うくらい心が動かされましたね。その手紙の内容というのは被災地に行ってお客様と一緒に歌っている歌を私に歌ってくれないかということだったのですが、手書きで4枚にもわたる素晴らしいもので、音楽の力で心の垣根を越えていきたいというメッセージが込められたものでした。メールやインターネットが主流となる時代に、1枚1枚丁寧に書かれたお手紙を頂くということは本当に素敵なこと。手紙を見た後、すぐに連絡を取って八木さんとお会いしました。
八木さんと直接お会いした時の第一印象はいかがでしたか。
クミコ 良い意味でなにも余分なものがない人。とても純粋で少年のような人だと思います。でも、八木さんと出会ったものの、すぐに歌い始めたというわけではありませんでした。ライブで数回披露する程度でした。ちょうどNHKの朝ドラ「花子とアン」の中で原曲が流れていたそうで、何も知らなかった私は歌を聞いた時には「え!?」という状況で。その後に私が歌う日本語訳の「広い河の岸辺」がリリースされ、色々な場所で歌い始めた頃に今度は「マッサン」の中でも元歌が使われていたことを知り、とにかく驚きの連続でした。ドラマで歌われていたのも、私が歌うことになったのも、とにかく偶然が重なりあった結果でした。だからこそ、こうして私がこの歌を歌うのは何か大きな使命があるんだなと思います。
「広い河の岸辺」という歌を通して、どのようなことを伝えていきたいですか。
八木 自分のユニットで唄い始めたのが2010年。聞いてくださったお客様から「広い河の岸辺を聞いて、昔に感じていたどうしようもなく辛い経験が、良かったものに変わる感覚を持ち、涙が溢れてきました。」こんな感想を沢山頂きました。時代を乗り越えてきた理由は歌詞にあるのだという確信を改めて感じていますし、この曲を日本中に広めるのが僕の仕事だと思います。
クミコ 八木さんのお手紙が面白くて、音源を聞いたらすごくいい歌で・・・。日本語詞の意味合いにすごく惹かれました。本当に人間が生きていく時のすべての問題は広い河のように大変です。その時にこの河を渡る勇気を持とう、だれか一緒だったらこれも渡ることができるかもしれない、そういう勇気を持つことができる希望の歌としてこれからも発信していきたいです。
この日はbimajinインタビューの他にNHKの取材もこなされていたクミコさん。インタビューもとても気さくに話してくださいました。年齢を感じさせない若々しさと、人間味溢れる人柄がとても印象的だったクミコさんが歌われている 「広い河の岸辺」は海外でも注目を集めつつあります。その中でも、日本と友好関係が強い 台湾にさっそく動きが・・・!?なんと日台の架け橋として活躍されている歌手・寒雲さんが 中国版の訳詞を担当することに。今後も活動を通して台湾でもこの曲を広げていく 予定とのこと。 bimajinがどこよりも早く、寒雲さんご本人からメッセージを頂きました。
まず、この企画に参加出来ることを心から 嬉し く思います。 それとともに、この歌を歌わせて頂くという使命を肌で感じております。 クミコさんが歌った日本 語 バージョンの「広い河の岸辺」を何度も聞きました! まるで自分の境遇や気持 ちが 再現されたよう。只々感動でした! オリジナル歌詞からほぼ 忠実 に翻訳されていて、とても簡単明瞭な詞なのに、 大勢の人の心を捉えていて・・・。クミコさんの歌声、そして八木倫明さんの和訳は 本当に素晴らしいですね!そしてもう一つ。国や習性、思想などが違って も、 人間の根本的の「心」は同じということに改めて気付きました! この感動が中国語歌詞でも人に伝わる様、 書かせていただきます。」

寒雲

国境を越えて、世代を越 えて 受け継がれていく愛と希望の歌として、 今後の動きがさらに楽しみですね!

来週の後編ではクミコさんの美の秘訣など、プライベートな部分をご紹介! こちらもお楽しみに♪

クミコさんと八木さんの思いが込められた「広い河の岸辺」、 Bimajin読者のみなさまも是非一度、聞いてみてください♪

クミコ オフィシャルサイト
http://www.puerta-ds.com/kumiko

Face book
https://www.facebook.com/kumiko.info


Writer: IzumiのアイコンIzumi

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