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私達は「日本」という国を一体どれほど知っているのでしょうか?
もちろん、歴史背景から文化・芸術、伝統まで詳しいよ!という方も多くいるかと思いますが、古くからの日本の歴史や文化の成り立ちまで全てを理解しているという方はなかなかお目にかかれないもの。時代が変われば文化が変化することは必須。情報化社会の世の中で生き抜くには目の前にある新しいモノを取り入れていくので精一杯になってしまいますよね。そんな我が国「日本」の文化を通じて人々の生活をより豊かにすることを目指し、日本文化関連の企画・コンサルティング事業、和の婚礼に関する事業、日本文化を学ぶことができるwebスクール「nippon labo」の事業を展開するジャパントラディショナルカルチャーラボ株式会社 代表の神森真理子さんがbimajin Storyに初登場。Bimajinの人気コンテンツ「和な美」でもお馴染みの神森さんがここまで来る道のりについて語ってくださいました。
現在のお仕事を始めたきっかけはどのようなことですか?なぜ日本文化に関わる事業をはじめようと思ったのでしょうか。
神森 私が日本文化に関わる仕事をしたいとはじめて思ったのは、小学1年生の頃です。父の転勤でベルギーに引っ越し、現地の学校に転校したのですが、日本人は自分一人という環境の中、ひどくいじめられました。はじめは、原因は自分の容姿やふるまいにあるのではないかと悩み自己嫌悪におちいっていました。しばらくして、「日本という国・文化が理解されていないこと。自分自身も伝えられないこと」に根本的な問題があるのではと感じるようになりました。現地校の生徒にとって日本人に出会うのは初めての経験であり、彼らにとって私は「宇宙人のような得体の知れない存在」なのだということに気づきました。自分が何者であるかと同時に、日本という国や文化について理解し受け入れてもらわないことには、環境は変わらないのだと思いました。 ベルギーでの小学時代は、悔しいこと、情けないこと、自分の存在意義がわからなくなるようなことが多かったことを覚えています。ただ、そうした日々のおかげで、自分と異なる価値観・環境の相手とどうすればうまくコミュニケーションをとり、互いに尊敬しあう関係を築けるかということを日常的に考えるようになりました。 幼い頃にこうした経験ができたことはとても価値があり、逆境をバネに、自分自身と環境を変えることができるという実感を得ることができました。 この困難を乗り越えた経験をバネに、社会に対し何かフィードバックできることはないかなと。そして、海外で日本人が、日本人として自信をもって外国人と対等にコミュニケーションをとることができるように、日本という国と文化を海外の人に正しく理解してもらえるような活動・機会を生み出したいと思ったのが今の私、事業に繋がっています。
幼い頃から日本という国について考えながら学生時代を過ごされていたのですね。
神森 はい。海外で自分自身を理解し受け入れてもらう上で、日本という国について語ることが不可欠だったのです。小学生の頃から繰り返し「自分は何者なのか?」「自分の強み・誇れるものは?」「日本とはどういう国なのか?」「日本のよいところ・誇れるところとは?」といったことを自問するようになりました。
中高は日本で教育を受け、大学へ入学した直後は外交官を目指し、国家公務員試験の勉強をはじめようと説明会に足を運んだりもしたのですが、未来を具体的にイメージするうちにこれは違うと思って。文化芸術・映画のビジネスを勉強しようと、パリ第三大学(ソルボンヌ大学)に留学しました。文化的な勉強をするならヨーロッパへ。そしてフランス語圏の国で勉強したいと思いフランス・パリの大学を選びました。
フランスでの留学生活は、契約をすませ入居予定であった寮が、手違いでダブルブッキングしていて到着後に入居できないことが判明し、路頭に迷いかける…といったハプニングからスタートしました。おかげで、不測の事態にも冷静に対応し解決する自信がつき、精神的にも肉体的にもタフになりました(笑)
語学の面でもハードルは高く、授業についていくために、しばらくは全ての授業を録音し繰り返し聞いたりと必死でした。ただ、ベルギー時代とは異なり、日本人だからといって差別されることもない環境という意味では、日々をとても前向きに積極的にすごすことができたのでスムーズでした。親日的な人も多く、さらに文化芸術・映画などの勉強をしていたので、「能・狂言」の研究者で能・狂言をはじめ日本の伝統芸能全般に通じているフランス人の友人がいたり、「日本映画」に心酔し小津監督を尊敬する小津マニアの先生がいたり。
同級生の間でも黒澤明・溝口健二・北野武・宮崎駿監督など日本の監督が人気で、先生も同級生も詳しい人が多く、驚きました。もちろん映画以外にも、日本の文化全般・文学・歴史・政治・経済について興味をもつ人も多く、日本人の学生が少なかったこともあり、日本代表として先生や友人から質問される機会がとても多かったです。
日本に興味をもち質問してもらえることは誇らしく幸せなことなのですが、自信をもって答えられない自分にきづき、はっと目が覚めました。
日本とフランスでは自国を知るということについて根本的な部分から意識・価値観が違うようですね。
神森 フランスでは家庭においても学校においても、幼少期から文化芸術に触れる機会、自国について学ぶ機会が多く、そうしたことについてディスカッションをする場面が日常的にあるのだということを、大学時代の同級生たちとのコミュニケーションを通じ実感しました。このような環境の中で、彼らが語るのと同等のレベルで自国について語ることができない自分に対して、「これはまずいな」と危機感を感じたのです。語学ができて一人の個人として興味を持ってもらえたとしても、自身のアイデンティティの根幹にある自国の伝統や文化を理解し、きちんと自分の言葉で語ることができなければ、国際社会において太刀打ちできないのではないか。外国語の語学力は、母国語がベースにあり、それを超えることができないのと同様に、国際人として真に異文化を理解する上では、自国の文化についての深い理解が不可欠だと痛感しました。

ベルギーでは、海外の人に日本文化の魅力を発信したいと思っていましたが、フランスでは、日本人自身が日本のこと・日本文化のことを知る機会を増やさねばという強い思いが生まれました。胸をはって日本代表として世界で活躍する日本人を増やすことに貢献できたらなと。まずは国内、いずれは海外も対象とする、日本文化を体験できる機会・サービスを提供したいと思うようになりました。

フランス留学を経て、自分の方向性について色々と考えられたと思いますが、現在の活動をされる前はどのようなお仕事をされていたのでしょうか。
神森 大学卒業後は、「日本文化に関わる仕事」「日本と海外の架け橋になるような仕事」を志し、歌舞伎・日本映画など日本文化に関わるビジネスを展開している松竹を志望し入社しました。いずれ日本文化に関する事業を自分の力で起業する方向に進みたいという思いはありましたが、その思いは胸に秘めていました。
まさに「日本」を代表する企業ですね!印象的だったことなど教えてください。
神森 松竹入社後は研修で様々な部署をまわりました。社内各部署の他、歌舞伎座や新橋演舞場、丸の内ピカデリーでの劇場研修などもあり、松竹ならではの貴重な経験をさせていただきました。もともと映画・演劇ともに大好きでしたので、劇場の空間にいられることが嬉しくてわくわくしていました。
その後、最初の配属はファイナンス部門でした。はじめは右も左もわからず大変でしたが、毎月の経営会議、取締役会の資料作成などをするうちに、ビジネス全体を理解し、俯瞰的な視点を身につける経験を積ませてもらいました。
新入社員時代は、自分自身のスキル・知識が足りない!このままではまずい!という焦りから、平日夜や土日に社外の研修に参加したり、仕事に役立ちそうな書籍を読みあさったり、色々な人にお会いしお話を伺ったりと、とにかくひたすら勉強・インプットの量を増やす日々でした。
とても魅力的な職場でお仕事をされていた印象を受けましたが、転職もされていますよね?
神森 第一志望で入社した企業であり、大好きな映画や歌舞伎に関わる仕事であり、先輩方も良い方ばかり。とても良い環境でした。
けれども、起業を考えている身としては、このままじゃいけない、新しい道を切り開かねばと社外の方々との交流の場を意識的にもたねばと考えていたのも事実。
出社前の時間やランチタイムに社外の方々と定期的に情報交換する会を主催するようになると多くの起業家の方々と知り合うようになりました。高い使命感を持って社会を変えよう、新しい業界をつくろうというチャレンジ精神旺盛な姿を間近で見て、とても刺激を受けました。20代前半で、イノベーションを身近なところで感じられたことは大きな財産です。
こうした起業家の方々や社外の異なる環境で活躍する方々との交流を通じ、ますます、「早いうちに経営者的なマインドを叩き込まれるような厳しい環境に行かねば」と思うようになり、松竹を卒業しました。その後、マーケティング支援サービスを提供するベンチャー企業に転職し、経営企画・広報・マーケティング担当として、経営者の近くで仕事をさせていただきました。

小学生の頃から日本という国について深く考えられていたという神森真理子さん。同じ日本人女性から見てもとってもキラキラと輝いていますね!日本が誇る、古き良き時代から続く文化や伝統を伝えていこうという姿勢は凛としていてまさに現代の大和撫子という言葉が似合う素敵な女性です。後編では社会に出てから今に至るまでの道のりをじっくりとお聞きしていますのでこちらもお楽しみに!

ジャパントラディショナルカルチャーラボ(JTCL)公式サイト:
http://jtcl.co.jp

いつでもどこでも日本文化を学べるwebスクール「nippon labo(ニッポン ラボ)」
http://nipponlabo.jp

和∞結
https://www.facebook.com/wamusubi.jp

ブログ:神森真理子の『食を!アートを!日本文化を!楽しもう』
http://ameblo.jp/mariko-kamimori

フォトグラファー / 上平庸文


Writer: IzumiのアイコンIzumi

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