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「作曲している時も、演奏している時も、恥ずかしくてしかたがなかった」

 山中千尋が打ち明けるのが「オン・ザ・ショア」。彼女の楽曲では、かなり珍しいメロウなバラードだ。

「なんというか……、男性が想いを寄せる女性に愛をうったえているような曲だからです。私がやるのは、ちょっと。こっぱずかしい……」

 自分のオリジナル曲であるにもかかわらず、山中は自分でメロディを奏でることを避け、伴奏に徹している。

「どんな顔してピアノを弾いていればいのか、わからないじゃないですか」

 この人、どうやらロマンティックな音楽が苦手らしい。

 “男前”なのだ。

 しかし、「オン・ザ・ショア」は情緒的で、リスナーを安らかな気持ちにさせてくれる名曲だ。

 さて、自分が演奏することも照れるような作品を彼女はどうやって作ったのだろう――。

「実はこの曲だけ、自宅のあるニューヨークではなくメキシコのカンクンで作曲したんです。カリブ海を望むホテルで作りました」

 レコーディング直前、ニューヨークのブルックリンにある山中の自宅に、群馬に住む母親が訪ねてきた。自分の誕生日を娘と過ごすのが目的だった。そして、母の提案で、ニューヨークからカンクンへ。母娘旅行へ出かけたのである。

「私、レコーディング直前で、曲を書かなくちゃいけないのに……」

「何言ってるの、ママはいつ死ぬかわからないんだから。今一緒に旅行しないと、あなた、きっと後悔するわよ」

 山中は母親の、この「ママはいつ死ぬかわからない」という脅し文句にめっぽう弱い。

 カンクンでは、ホテルのレストランで母娘向かい合って着物姿で食事をした。

 トゥルム遺跡も観光した。

「ああ……、レコーディング直前だというのに、私、こんなことしてていいのかしら……」

 山中は落ち着かない。

 しかし、音楽の神様は彼女を見捨てなかった。

 あわただしく張りつめたニューヨークの暮らしの中ではおそらく生まれなかったであろう極上のバラードが完成した。

「オン・ザ・ショア」は“作曲家・山中千尋”の中の新しい扉が開いた曲である。

『サムシン・ブルー』

2014年7月16日発売
通常盤¥2,800+税 初回限定盤(CD+DVD)¥3,500+税
http://www.universal-music.co.jp/chihiro-yamanaka

  • 山中千尋

    福島県生まれ、群馬県育ち。ジャズピアニスト、作曲家、アレンジャー、プロデューサー。米ボストンのバークリー音楽大学を首席で卒業し、アルバム『リヴィング・ウィズアウト・フライデイ』でデビュー。『アピス』『レミニセンス』などのアルバムを発表。最新作は『サムシン・ブルー』(ユニバーサル ミュージック。)3曲の映像を収録したDVD付限定盤も同時リリース。8曲収録のアナログレコードも発売中(¥5,556+税)。9月26日(金)、27日(土)にはブルーノート東京で『サムシン・ブルー』のショーを行う予定。http://www.bluenote.co.jp/jp/
    山中千尋オフィシャルサイト http://www.chihiroyamanaka.com/
    山中千尋ツイッター https://twitter.com/ChihiroYamanaka

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太

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